住めーばー都004【横浜市港北区「大平下宿」】

和家若造

2007年04月22日 23:58

【住めーばー都】
若造が住んだ場所を思い出と一緒にカウントして行きます。
「住んだ場所」の定義を「そこが本拠地で1週間以上」というものにしてみました。



▲住めーばー都004【横浜市港北区「大平下宿」】

 東急東横線の菊名駅から徒歩10分弱のまかないつきの学生下宿。若造を含めて8名の男子学生が各々四畳半の部屋で生活していた。横浜市鶴見区にある横浜商科大学には、横浜市営バス42系統で通っていました。

 お風呂は銭湯で、トイレは共同。朝食はダイニングキッチン、夕食は各部屋で食べ、日曜は食事がつかなかった。慣れない赤だしの味噌汁が頻繁に登場し、いつの間にか大好きになっていたが、その中によく入っていたセロリは、未だに具としてはどうかなという思い出が残る。

 最初にそろえた家具は、布団、机代わりのこたつ、カラーボックス、ラジオ、オーブントースター、電気湯沸かし器、ファンシーケース…ぐらいだったかな。テレビもなかったので、さみしさを取り除くために毎日複数の誰かに手紙を書いていたことが、その後そこそこ筆まめになった理由かもしれない。

 ある日、同じく新入生の熊本出身の慶応大学生が、高校の同窓会におしゃれして出掛けて宮崎美子とのツーショットのポラロイド写真を見せびらかした。東京で熊本の高校の同窓会があるということに目から鱗だった。当時のアイドルが高校の先輩だということは、別に何とも思わなかったが、一期生として自由に高校生活を過ごしてきたので、先輩がいるということを初めてうらやましいと思った。

 そしていつの日か札幌新川高校の同窓会を東京でしようと心に誓った…それが実現したのは12年後の30歳の時でした。

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