2007年08月31日

季刊誌カラカラ~ありがとうカリオカ

明日、9月1日はカラカラの発売日です

 カラカラ2007年秋号



沖縄の素顔を伝えるライフスタイルマガジン
『カラカラ(伽楽可楽)』
は3ヶ月に一度の季刊誌です。

 そして~なぜか若造の沖縄関連雑誌なのにサッカーコラム


 オレンジ主義(オレンジイムズ)Vol.8 「ありがとうカリオカ」

 立ち読み予定の方は、52ページを忘れずに


カリオカはもちろんラモス瑠偉のこと

ちなみに、手前右のオレンジ色の少年は若かりし頃の若造…じゃない。


   

Posted by 和家若造 at 14:55Comments(2)TrackBack(0)最近のお仕事

2007年08月30日

ある意味オレ?オレ?詐欺??

和家若造の本名“萩原”っていいます。あ~言っちゃった2。

盲腸の手術台で麻酔をうたれながらの
」と「」の話はこちら⇒手術台で麻酔をうたれながら

週刊かぴぱ153より(2004年6月20日発信)

▲ほめてる?
目黒の会員制医療クラブで働いていた時の新任の年配の上司(A事務長)と新宿にあった本社に向かう山手線の中での会話。

当時若造はほぼ毎日23時ごろまでサービス残業をしていました。



 上司「いや~お陰で助かっているよ」


 若造「(ちょっと謙遜気味に)…あっ、はい」


 上司「いなかったら大変なことになってるよ。助かるよ~」


 若造「(更に謙遜気味に)…あっ、はい」


 上司「感謝してるんだ。スガワラには」


 若造「…(オレじゃないの?)」



この上司は人の名前をすぐ間違える方だったんですが、同僚にスガワラっていう社員もいたし、訂正してほめられるのもなんだなと思いそのままにしました。

※今思うとほめられたのは若造じゃなかったのかも…(笑)

  

Posted by 和家若造 at 13:08Comments(7)TrackBack(3)週刊かぴぱより

2007年08月29日

手術台で麻酔をうたれながら

和家若造の本名“萩原”っていいます。あ~言っちゃった。

2002年8月22日急性虫垂炎(俗にいう盲腸)の手術の時のお話。
若造盲腸レポート⇒『はじめての入院
           ⇒『はじめての入院2

週刊かぴぱ153より(2004年6月20日発信)

▲盲腸の手術の時
 2年前の盲腸の手術の時、麻酔科の先生が手術台に寝る若造に向かって説明する時に「荻原(おぎわら)さん」と何度も間違って呼ばれました。


 その度に主治医(…と言ってもお会いしたのはその3時間前が初めて)の先生が「萩原(はぎわら)さんです」と何度も言い直してくれました。


 手術で不安な患者の気持ちを和らげようとしてくれている気持が伝わり、若造は落ち着いて目を閉じました。


 麻酔の説明が終わり、さ~これから麻酔を打つぞって言う時の主治医の先生の最後の言葉が「じゃ~おぎわらさん、始めます」だった。


 おいおいさっきまで訂正してくれていたじゃないかと突っ込みを入れようとした瞬間、麻酔が効いて意識がなくなった。


 かなり心残りがあるままで手術がはじまった。

  

Posted by 和家若造 at 17:00Comments(0)TrackBack(3)週刊かぴぱより

2007年08月28日

盲腸でZ(ゼット)に!

それは若造マスターのヒゲの始まりだった…。

2002年8月22日急性虫垂炎(俗にいう盲腸)で手術・入院、25日に退院しました。
若造盲腸レポートはこちらを⇒『はじめての入院』


週刊かぴぱ増刊号「糸はとれた」より(2002年8月29日発信)

『若造盲腸レポート“はじめての入院2”』

▲若造マスターZ(ゼット)
 最近の盲腸の手術では開閉の位置にもよるそうですが、剃毛しないことが多いらしいです。若造マスターは傷跡は比較的上部にあるようです。剃毛を免れて盲腸をなくした若造マスターは髭を蓄えて“若造マスターZ(ゼット)”となりました。ちなみに笑うとまだ痛みます。「爆笑ネタ」もってお見舞いがてら来てちょ。



 知る人ぞ知る真夏のクリスマス(2002年7月25日)



 入院2日目(8月23日)



 退院2日目(8月26日)



 若造マスターZ(スーパーサイヤ若造マスター)  

Posted by 和家若造 at 18:49Comments(7)TrackBack(1)週刊かぴぱより

2007年08月27日

ウークイに盲腸

今日はウークイ(旧盆の最終日)…エイサーの太鼓とともに思い出す2002年のお話。

2002年8月22日急性虫垂炎(俗にいう盲腸)で手術・入院、25日に退院しました。
23日がウークイで那覇市安里の病院で寝ながらエイサーの太鼓の音を聞いていました。
※痛くなるのが一日遅れていたら、病院もお休みが多いので大変だったろうと思います…。

週刊かぴぱ増刊号「糸はとれた」より(2002年8月29日発信)

『若造盲腸レポート“はじめての入院”』

▲来年39、術後は49。
 来年三十九歳の若造マスターは虫垂炎を「全身麻酔」で手術しました。手術後にHCU(回復室)で麻酔科の先生の声で目を覚ましました。

 ボーっとする頭で状況を徐々に確認していくと、動くと開閉した右のお腹が痛み、左手には点滴の管が付いていて身動きとれず息苦しい口と鼻には酸素マスクで圧迫され、極めつけはあそこに尿の排泄管がささっていた違和感。これぞ四重苦


▲タイミングよく痛みが治まった。
 手術2日前、いつもと違う胃痛がマスターを襲う。カピbarを常連のJ氏とH氏にまかせて薬局へお遣い。買ってきた「ガ○ター10」を飲んだら1時間後には痛みが治まったので「盲腸」ではなく「急性胃炎」と勝手に判断(若造)。

 後日ドクター曰く、痛みがタイミングよく腹部中央から右わき腹に移っただけとのこと。しかも虫垂が腸の後ろに入り込んでいたので右わき腹痛がそれほどなかったらしい。

▲人間ドック並に色々受けました。
 触診・X線・腹部エコー・CTスキャン(造影剤含む)で盲腸であると確認し正式に手術のGOを出したのは午後4時半、それからが慌しくて問診・心電図・ショック確認注射・X線・耳で止血検査・筋肉注射(麻酔が効くように)と大急ぎで済ませて5時過ぎにはオペ室入ってました。既に刺してある点滴の管から麻酔が入りあ~~気が遠くなる。


当時のお食事メニューです


 五分粥


 七分粥


 全粥  

Posted by 和家若造 at 22:30Comments(2)TrackBack(3)週刊かぴぱより