2007年07月31日

あれうま006スパゲッティ(イタリアミラノ)

あれうま006スパゲッティ(イタリアミラノ)

 ミラノの駅について、キブツヤクムのボランティア仲間のパオラの家に向かい驚く…とあるマンションの最上階のペントハウスが彼女の家だった。アポなしで訪ねる無礼な若造への仕打ちは、ペンキの臭いと一緒に「客間が塗装中」という絶対絶命のピンチ…と思いきや17歳の妹が「旅行に行くから私のベッド使ってよ」という軽い表現の中の大歓迎であった。姉の友人とは言え見知らぬ東洋人にいいのか?と感動しながら逆に心配をしちゃっいました。

 初日の夜はマンマの手料理をご馳走になる。スパゲッティが3種類あって「どれがいい?」と聞かれたので「少しづつ全部」とお願いしたら、「OK、スペシャルよ」とバジル・ホワイト・トマトの順に私の皿に縦に3種類を取り分けてくれました。何がスペシャル…ってお皿の上がイタリアの国旗バージョンなのだ。もちろんスパゲッティも美味しかったが、楽しい会話が更に食事を美味しくさせることをたっぷり味わった夜でした。


 イタリア国旗


 写真は若造が訪ねた5年後の1990年の写真。右がパオラ、左が妹。
  

Posted by 和家若造 at 21:15Comments(5)TrackBack(2)偏集旅記

2007年07月30日

あれうま005ハムサンド(イタリアミラノ)

あれうま005ハムサンド(イタリアミラノ)

 朝早くミラノの駅に着く。それまでバケットにイチゴジャムを塗って食べていたが、ちょうどイチゴジャムの瓶が空になったので、その日の朝食は駅の売店で購入を決める。売店といってもホームの立ち売りのおじさんで、選ぶ権利はなく、これでもかって薄いしなびたハムが、一枚申し訳なさそうに挟まっているコッペパンのような黒っぽいパンしかない。しかも残り2つで店じまいをし始めている。

 まだ朝の6時前で、他で探すのも面倒だったので、とりあえずの空腹をしのぐために1つ購入した。「2個でまとめてどうだい?」って言われるかななんて思いながら小銭を探していたら、隣りで1個がすぐに売れたので、結局若造が最後一個を買ったお客さんとなった。

 駅のベンチに座って、それから向かおうとしているキブツのボランティア仲間のパオラの家を地図で探しながらサンドイッチを食べてびっくり…これが美味い!ハムが美味すぎるハム一枚でどうしてこんなにパンを美味しくさせることができるのかという絶妙なバランスである。

薄くてしなびたハムが生ハムだとわかったのは、食べ終わってしばらくしてからだった。  

Posted by 和家若造 at 23:42Comments(0)TrackBack(0)偏集旅記

2007年07月29日

あれうま004ピザ(イスラエル)

あれうま004ピザ(イスラエル)

※若造が今まで食べたピザパイランキング堂々1位。

 イスラエルのキブツヤクムで一緒に働いていたボランティアのルカが作ってくれたピザパイ。
 パイシートなど使わず生地から手作り。厚手の柔らかい生地のピザを食べたこと自体がはじめてだったが、口の中でとろけるチーズとのバランスが絶妙だった。キブツでの食事に飽きていたというのもあるが、それまでも、そしてそれ以降今まで食べた中でベストワンのピザである。


 残念ながら現物の写真はない(ぺこり)…ロンドンのルカの職場(ベネトン)にて撮影の仲良しショット!  

Posted by 和家若造 at 23:56Comments(2)TrackBack(0)偏集旅記

2007年07月28日

沖縄大事典◆020吉屋チルー物語

「絵で見る和家若造的沖縄大事典…への道」◆020

 ◆<ヨ>吉屋チルー物語(よしやちるーものがたり)


 “恩納ナビー”と対比される沖縄二大女流歌人の“吉屋チルー”を主人公に1962年に製作された96分の芝居風ウチナーグチモノクロ16mm映画。

 19歳で他界した歌人で遊女のチルーの悲恋物語。身分違いの恋の相手は遊郭での琉歌の会でチルーの上の句に絶妙な下の句で返答した士族の仲里の里之子(さとぬし)。

 監督・脚本・製作はウルトラマンの脚本家、金城哲夫氏。大学時代にシナリオライターの基礎を学んだ後、一時、沖縄に帰郷し独力で製作した作品。その後、東京に戻り円谷プロ設立メンバーとなり、ウルトラマンシリーズを生む。

 ※写真はカフェワンオアエイトの情報掲示板で見つけた「吉屋チルー物語」の上映会のチラシ。
  どんな感じで貼ってあったかは…こちら
    

2007年07月27日

▲住めーばー都012【井谷荘C号室】

▲住めーばー都012【横浜市港北区「井谷荘C号室」】

 イスラエルに出発する前に住んでいた井谷荘B号室(住めーばー都005)の隣り…ハイファイセットの「7月のクリスマス」という曲を若造に紹介した入学が一年後輩(卒業は同じ年~)のN君の所に新しいアパートが決まるまで居候させてもらいました。

 菊名駅の不動産屋めぐりをして、即入居の物件を探しましたが、あいにくなかったので、予定よりかなりのびのびで3週間ほどお世話になりました。友人たちに預けていた家財道具を少しずつ回収つつ、大学に通い履修科目を選択しつつ、旅の話をしながら毎夜酒盛りをするという日々でした。


 写真は2005年12月に那覇市の某所でN君と。


 某所とは、伝説のカピBar跡地。
 看板をもっての行ったつもりツアー!
  

Posted by 和家若造 at 18:10Comments(0)TrackBack(0)住めーばー都