2006年11月14日

イスラエルでの刺身パーティー

若造の職歴紹介「転がる石」のRS023「カメラマン」に使った写真です。


※イスラエルの北部の港町アッコーの漁港市場

この写真は、アルバムに貼られていたものをデジカメで写しています。
この写真を見て思い出した1985年の「刺身パーティー」の話を…。




ヨーロッパをまわって5ヶ月後にイスラエルに戻った時には、テルアビブで3名の日本人が若造を迎えてくれました。ダイヤモンドビジネスをしていたナオキさん、ウルパンに通ってヘブライ語を学んでいたシゲさん、違うキブツに移って働いていたグミさんだ。


計り知れないほどお世話になり、数え切れないほど思い出がある。
その中の一つが「刺身パーティー」。


イスラエルに戻り、シゲさんの家に居候しながらエジプト行きのチケットをとったりしていた時、ナオキさんがレンタカーを借りてきたのでグミさんを誘ってイスラエル北部の港町、アッコーまでドライブすることになった。目的は刺身で食べられる魚の買出しである。テルアビブ市内の魚屋には生で食べられる鮮度の魚は出回っていないのである。


丁度ロンドンでアルバイトをしていた日本食料品店の社長から、「イスラエルで魚の写真撮ってこい」という指令もでていたので、若造はカメラを持って参加した。


ロンドンの日本食良品店の本業はマグロ屋で、船ごとマグロを仕入れて、日本の商社に卸している。若造も3ヶ月のアルバイトで、鯵の開きや鯖の3枚下ろしなどは出来るようになっていた。ここの社長からの撮影の依頼は個人的な趣味の手伝いではなく、どこにどんな魚が流通されているかを知るための業務上の情報収集であった。


アッコーの港には、魚屋さんが並んでいた。イスラエルでは魚を生で食べる習慣がない。


刺身で食べられるか?」と聞いても刺身を意味する「raw fish」という単語自体を始めて聞く人たちなので、チンプンカンプン。


そういえば、以前ジャパンパーティーの焼き鳥のお肉を買いににナタニアの街で英語の得意なタカシと肉屋を探して歩いた時は、肉屋を意味する「butcher」という単語自体が通じなかった。


実は若造も肉屋をブッチャーっていうことをその時知った…。タカシが「butcher」はどこだと流暢な英語で聞くけど相手はチンプンカンプン。そこで若造は「ミートショップはどこ?」とゆっくり聞いたら案内してくれた経験を思い出した。






そこで「raw fish」が通じないなら、






「生で食べれるか?」という意味で






fresh OK?と聞いた。






若造の意図は






完全に






外れた







フレッシュという単語には「」だけではなく「新鮮」という意味がある。


魚屋たちは口々に「もちろんフレッシュだ」と言ってきた。



※こんな感じで言うんです~「もちろんフレッシュだ」


おじさんたちがいう「新鮮」と、若造たちが望む「新鮮」にはかなりの差があるぞ…。


刺身で食べる習慣がない人たちとどれくらい新鮮かの交渉は無理と判断することにした。



※こっちはフレッシュの話じゃなくて、オレの自慢の魚を撮れって感じ…







そこでなんだか見覚えのある魚を発見。





それはカツオのように見えた。





しかも他の魚に比べてなんとなく新鮮…のように見えた。「この魚はbonito(カツオ)か、tuna(マグロ)か?」って聞いても通じない。でもツナフレークにはマグロもカツオも使っているので、その違いは知らなくてもいいという結論で、4人はその40~50センチある魚を買って喜んでテルアビブに戻った。





ナオキさんの家で若造が、切れない包丁と格闘しながらその魚を3枚に下ろした。途中からシゲさんも一緒に刺身を皿に並べていった。取って置きの日本酒(銘柄が貴重というのではなく、存在が貴重な紙パック)を飲みながら、4人はカツオと思われる刺身をなかなかイケルと堪能した。


タタキの効果など知らなかった頃なので、火にあぶったりはもちろんしていない。


寄生虫の知識など知らなかった頃のなので、注意して確認したりもしていない。


…今思うととっても「恐い」としか言いようがないが、幸い4人は胃腸が丈夫で、しかも大変運がよかったようで、お陰さまでみんな元気に生きている。  

Posted by 和家若造 at 01:43Comments(4)TrackBack(0)なんだかブログっぽい