2006年10月14日

シリシリウリウリー04:うちなータイム過剰分析

うちなータイム過剰分析

 こちらではうちなー(沖縄)タイムという時計がまわっている。地道な聞き取り調査によると三十分くらいは遅れたうちに入らない的な時間にルーズというニュアンスに落ち着く(以前は1~2時間だったらしいぞ…)。ほとんどの人が具体例に飲み会の時の集まりの悪さをあげる。

 さてさてうちなータイムを過剰分析。沖縄に電車がないのは時刻通りに発車できないからと言った友人がいたが、そんなに時間を守れないのだろうか?飲み会に一番に来てひとりで待ちたくないという寂しがりや心と恥ずかしがりや心。みんなが集まった頃にわざと遅れて来るイタリア人のパーティ的注目浴びたい感覚。待たせるのはいいが待つのは嫌いのわがままモード。それとも青い海をのびのびと泳ぐ熱帯魚のようにゆっくりと生きていて、人間が決めた時間なんて小さなことは気にしないということ。はたまた全てはアラーの神の思し召しというアラブ文化に近い?「7時の待ち合わせ」という言葉、実は仲間同士の暗号で7時半という意味があり、待ち合わせの時間といいながら実は家を出る時間だったり、中には起きる時間なんていうパターンもある。

 沖縄でよく使われる相槌に「だからよ~」がある。「そうなんだよね」という肯定の意味。ちなみに否定の時は「まさか~」を使うことが多い。「だから」という接続語には何度言ったらわかるんだよ的なニュアンスがあり、以前から意識して使っていなかった私には「だからよ~」はとっても耳に残った。

 とある待ち合わせ。遅れてきた相手に三十分遅刻の旨伝えると「だからよ~」という一言。遅れてきた第一声が「だからよ~」である。どうしてそこでそんな相槌を打つ?そこには加害者意識は全くなく、いつのまにか待たされた方といっしょに被害者になっている。加害者がいないのだからそこにはいさかいが生まれない。ちょっと視線をかえて考えてみるとうちなータイムとは、遅れる方のルーズさではなく、待っている方の心の余裕なのかもしれない。まだまだ奥が深いここ沖縄。

※沖縄JOHO 1999年7月号掲載
  

Posted by 和家若造 at 17:00Comments(2)TrackBack(0)シリシリウリウリー