2008年05月16日

3年以内に実現させたい若造の夢

若造が広報を担当する那覇新都心のCafe ONE OR EIGHTは「夢を宣言する場所を作りました」。3年以内に実現させたい夢を集めて、プレートにして、店内に設置しています。もちろん若造も夢を宣言しています!

 ■夢プレートが沖縄タイムスに紹介されました⇒カピローグ1000人の夢育のお手伝い


週刊かぴぱ333<3年以内に実現させたい若造の夢>より(2008年5月3日発信)

▲夢ドリル
宣言する夢を決めるためにドリルをしますが、これがなかなか楽しいです。


△夢ドリル1「夢を100個書く」
若造は一人焼き鳥屋で取り組みました。100個ただ書きつづるんです。若造は40個くらいと70個過ぎにペンが止まりました。書き終わった100個を眺めるだけで潜在意識が働くようです。定期的にやると更に効果アップらしい…。

△夢ドリル2「30年後の自分をイメージする」
30年後、20年後、10年後、5年後と遠い未来順にどうなっていたいかを書きます。自分の年齢や大切な人の年齢を書く欄もあってその時どんな自分生活をしているかを書きます。遠い順にさかのぼって書くのは、そうなるためにはじゃー何をすると考える為。30年後の若造は74歳の健康なおじいさん。

△夢ドリル3「3年以内に実現させたい夢を書く」
実現しないと悔しい夢・実現するとうれしい夢・超感動する夢の3つを1年2年3年のそれぞれに書く(計9個)。しばらく眺めてこれだと思うもの(ピカって光ったものかも…)を選ぶんです。


 是非皆さんもやってみてください。
 ■夢ドリルダウンロード⇒こちらのページで




▲ドリル1・2・3をやって若造が選んだもの…でも納得がいかない!
若造は「本を出版する」というものを選びました。でも申込書にはすぐには書きませんでした。理由は納得ができなかったからなんです。2~3年前にも同じ夢を書きだして、結局実現していないのでこの夢ではワクワク感がないなと躊躇していました。



▲セレンディピティー(serendipity)感じました!

琉球ガラス村のホームページの企画で利き硝子というガラス職人をインタビューする仕事をしているのですが、何名かの職人さんから先代の理事長の大江安蔵さんの琉球硝子製作所時代のお話が出ました。その日もインタビューの原稿を仕上げていたのですが、かなり大きく光っちゃいました。セレンディピティーは思いがけないものを発見する能力のことですが、ドリルをやっていたから、脳が発見する方向に動いてくれたと思います。

セレンディピティーって今年になってから知った言葉ですが、それまで同じ意味のことを「しっかり考えた時に現れる“考える神様のご褒美”」と呼んでいました。

 ■大江安蔵さんと一緒に仕事をしていた琉球ガラス村の工房長⇒平良恒雄さん

 ■大江安蔵さんのご子息の琉球ガラス職人⇒大江耕二さん

 ■セレンディピティーは「考える神様のご褒美」⇒カピローグ セレンディピティー




というわけで、3年以内に実現させたい若造の夢です。


▲2010年4月までに「大江安蔵さんの本を出版する」
大江安蔵さんは職人ではなく、経営者です。それまでなかった赤色を作りだし、琉球ガラスに「花」の分野を広げました。またそれまでほぼ米軍関係者相手の商売でしたが、円高ドル安や本土復帰の転機の際に工房見学を観光コースに始めて入れたり、板ガラスを開発したりと、何度も琉球ガラス業界を救ってきた方なんです。

▲ワクワク感が違います。
ただ漠然と「本を出版する」というものと具体的に「これについて!」「この人の事を!」書きたいというのではワクワク感が違います。琉球ガラス業界の恩人を後世に残すという意義もありますが、若造的にはその発想やミッション・ビジョンは、現在も活かせるはずである!なんて考えるだけでワクワクしちゃいます。






▲あなたも夢を宣言しませんか?
 Cafe ONE OR EIGHT(リーフレットやドリルがダウンロードできます)
 >>ホームページ http://www.1or8.jp/
 県外からの申し込みも可能です!事務手数料が1000円かかります。
  

Posted by 和家若造 at 16:05Comments(4)TrackBack(2)週刊かぴぱより

2008年05月03日

恋をアンコール~おかわりシスターズ

2003年に東京に出張しました。

久々に当時マルチメディアの仕事をしていたW系の仲間たちとの新宿で飲んだ時の話です。

週刊かぴぱ121<あなたはおかわり派?おあずけ派?>より(2003年11月9日発信)


▲策に溺れた若造
東京出張中に歌舞伎町の冷敏(知ってる人だけ知っている)の店でひっさびさのカラオケ。

懐かし話中心のメンバーだったので歌うのは1曲だけ。

歌唱力のなさを企画力でカバーする若造のカラオケ。

同席者の4名中、3人が同じ年。

店の女の子(100%上海人)は絶対知らないけど、その3人だけをターゲットにウケを狙う…


曲目は「恋をアンコール」。



残念ながら誰も知らなかった…(泣)。



「恋をアンコール」はオールナイトフジの番組内から生まれたユニット「おかわりシスターズ(深谷智子・山崎美貴・松尾羽純)」の曲です。



オールナイトフジは関東ローカルの土曜日の深夜番組。
「私たちはバカじゃない…」っていう女子大生の番組でした。
1983~85年に東京近郊にいた人じゃないとダメなんですよね…。
若造が大学1年~3年の時。次の日の日曜日を毎週寝て過ごしてしまった思い出あり。

一緒にいた同じ年の3名は、当時は関西2名、札幌1名で生活していたのでした。



蛇足…ですが、

若造的には「心はシーズン・オフ」の方が好きでした。



誰か一緒に「おあずけシスターズ(井上明子・片岡聖子)」「東京カンカン娘’84」歌いませんか?


♪前の彼から突然のテレフォン~~~



…時代を感じる髪型のジャケット(涙)


  

Posted by 和家若造 at 17:27Comments(0)TrackBack(0)週刊かぴぱより

2008年04月18日

バイバイじゃない

友人のNさんのお宅にお邪魔した時の長男(当時3才になったばかり)A君の反抗タイムのお話2



A君の反抗タイムのお話1⇒ポンポコピーじゃない
A君がもうすぐ4才になるころのお話⇒この恐怖に耐えられるか…

週刊かぴぱ244<ダメじゃない!ポンポコピーじゃない!>より(2006年4月16日発信)


▲反抗タイム
「ダメ」~「ダメじゃない」
「あー」~「あーじゃない」
「ぴー」~「ぴーじゃない」
「ポンポコピー」~「ポンポコピーじゃない!」

理由なき反抗なのか?しっかり理由のある反抗なのか?
はわかりませんが、すったもんだがありまして…
その後仲良く遊んで、そろそろさよならする時間になりました。

▲意味がある
おいとまする時間になりました。

バイバイするとA君は「バイバイじゃない」と大声で叫びます!


反抗タイムに逆戻り…と思いきや、

今度は反抗しているのではなく、

さよならするのはさみしいから帰らないで

という意味の「バイバイじゃない」だったのでした。


A君なかなかやるわいと思いながらの帰路でした。





●蛇足分析…それぞれ意味があったのか?
「ダメじゃない」~~まだまだいけるぞあきらめるな!
「あーじゃない」~~卓球の福原愛ちゃんのキメの言葉は「さぁー」だよ!
「ぴーじゃない」~~写真を撮りまく林家一門は「ペーパー」だよ!
「ポンポコピーじゃない!」~フランス語のご機嫌いかが?は「Comment allez-vous ?:コマンタレブー」だよ!

それぞれそんな意味だったらすごすぎ・・・
  

Posted by 和家若造 at 19:00Comments(4)TrackBack(0)週刊かぴぱより

2008年04月17日

ポンポコピーじゃない

友人のNさんのお宅にお邪魔した時の長男(当時3才になったばかり)A君の反抗タイムのお話



A君の反抗タイムのお話2⇒もうすぐ掲載~~
A君がもうすぐ4才になるころのお話⇒この恐怖に耐えられるか…

週刊かぴぱ244<ダメじゃない!ポンポコピーじゃない!>より(2006年4月16日発信)


▲若造代役セリフは「ダメ」

友人宅にお邪魔しました。

長男A君は3歳なんですが、お母さんに「ダメ」と言われたら
「ダメじゃない」って大きな声で言い返します。

二人のやりとりは、エスカレートして声も段々大きくなっていきました

何度かそのやりとりを聞いていた若造が、お母さんのセリフを交代しちゃいました。

若造が代わって「ダメ」と言ったのですが、
A君は「ダメじゃない」と大声で言い返してきます。


▲大いなる実験

そこで若造は「ダメ」のかわりに「あー」って言ってみました。
A君は同じ調子で「あーじゃない」と言い返します。

次に「ぴー」と言って見ると「ぴーじゃない」と言い返します。


あーでもぴーでもないらしいんです。


これならどうだと若造は最終兵器「ポンポコピー」と言いました。

A君は迷うことなく、「ポンポコピーじゃない!」と大声で言い切りました。


さすがになんか違うなと思ったのと周りの大人が笑ったので、
その後「○○じゃない」と言うのをやめてくれました。

  

Posted by 和家若造 at 15:51Comments(2)TrackBack(1)週刊かぴぱより

2008年04月13日

場末のお店と思ったら…

那覇市東町で飲みました…


場末のお店と思ったら


知的好奇心満足しまくりのお店



週刊かぴぱ259(2006年7月31日発信)より



▲次は懐かしいの…
大阪在住の沖縄人のHさんが沖縄に帰ってきたので久々に飲みました。


ご一緒したHさんの知人の方が知ってる東町のスナックへ行きました。


従業員もお客さんもかなり年齢層が高いぞ…。


カウンターでカラオケの選曲をしていた隣りのお客さん達の
「次は懐かしいのいきましょうね」という会話が聞こえてきた。


次は、って今歌っていた「黒い花びら」も十分ナツカシ過ぎるぞ…。


そして歌った曲は「夕子」っていう名前が入った曲。


初めて聞いたのでタイトル覚えられず…かなり懐かしいのでしょう…きっと。



▲高尚な会話を楽しむ
そのスナックで年齢層のかなり高いお姉さまたちと楽しい談笑タイム。


中々話がかみ合わなかったが、その中の一人が恩納村出身ということで話は急展開。


「私、恩納ナビーと同じところの出身なんです」

次々に琉歌を歌うお姉さんに



それは、
「首里の王様を嵐の中で迎えた歌」
「毛遊び禁止の立て札を嘆く歌」
「この山なくなればいいのにと金武の片思いの人を思う歌」



と若造は答えるという高尚な会話を楽しませていただきました。


「絵で見る和家若造的沖縄大事典…への道」でプチ解説

◆051 恩納ナビー資料館
◆052 マッコー屋ナビー  

Posted by 和家若造 at 23:51Comments(2)TrackBack(0)週刊かぴぱより